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「久しぶりのスーツ姿、似合うね。」

櫻井が嬉しそうに、大野の姿を下から上へと見上げていく。

「うるせ。しゃべんなよ?」

「わかってます。」

櫻井は大野の胸元のゴミを摘み、弁護士バッチの付いた襟を直す。

もちろん本物だが、大野が付けるべきものではない。

面会室で待っている二人の前に現れた鳥居京子は、憔悴し切っていた。

ぼさぼさの髪、落ちくぼんだ目、細い体からはエネルギーが感じられない。

新聞記者と言う職業から、もっとパワフルな女性を想像してただけに、一瞬驚いたが、

二人が顔に出すことはない。

「お話は伺っています。大崎さんのご遺族から依頼されました大野です。」

大野が柔らかな声で話し掛け、胸元のバッジを光らせる。

「単刀直入に聞きます。なぜ、こんなことに?」

京子はやつれた顔を振る。

「わかりま……せん。」

「事件の前……誰かに会っていた?」

「はい……。」

「その方のお名前、伺えますか?」

「何度も……何度も言ったんです。警察には……。

 その人に会えばわかるって!

 なのにそんな男はみつからない、いないんじゃないのかって……。」

「落ち付いてください。我々はなぜ大崎さんが死ななければならなかったのか、

 その真相が知りたいだけなんです。」

「…………。」

訝しそうに大野を見る京子に、大野が柔和な笑みを浮かべる。

「だから、本当のことを……お願いします。」

大野が小さく頭を下げると、京子がそっと手を台に掛ける。

「わかりました。」

少し落ち着いた声でそう言うと、大野の斜め後ろにいる櫻井に気付く。

櫻井が穏やかな顔で一度うなずき、ニコッと笑い掛ける。

「会っていた相手のお名前、お聞きしてもよろしいですか?」

「……大星です。大星一郎……。」

「大星……?」

「その人とバーでお酒を……なのに気付いたら自分の部屋にいて……。

 本当です!信じてください!」

叫ぶ京子に、大野が笑顔を向ける。

「わかっています。似たような事件を調べたことがあります。

 ですが、大星と言う男性は見つかっていないんですよね?

 どんな男性でしたか?」

京子は取り乱した自分を恥ずかしいと思ったのか、

指をこめかみの辺りに入れ、顔を隠すように髪を引く。

「外国人のように彫りの深い人でした。少し垂れ目で大きな目をした……。

 ロマンティストで、押しつけがましくない明るさが心地いい……。

 仕事で疲れていた私にも優しくて……。」

「会ったのはそれが初めて?」

「いえ、同じバーで何度か……。食事に行ったこともあります。」

「知り合ったのはバーで?」

「はい……。」

「それは……大崎さんと……知り合う前から?」

京子の指がピクッと動く。

大野が胸元から小さな紙を取り出したからだ。

そこには『頼まれ事をする前から?』と書かれている。

うつむきがちな京子の目が、大野を真正面から捉える。

信じていいのか不安げに目をキョロキョロさせ、大野の隣の櫻井に目がいく。

穏やかな笑みを浮かべる櫻井がゆっくりうなずくと、京子は大きく息を吐く。

「いえ……後です。」

「今回の事件……記事にはしないのですか?」

「記事に……?」

「そうです。記事に。」

大野がにっこり笑い、取り出した紙を胸ポケットに戻すと、

京子は少し首を傾げ、手を口の前に持って行く。

「その為には……いろいろ調べることがあります。

 大星のこともそうですが。書きかけの記事もありますし……。」

「でもパソコンは……。」

「押収されています。全部。」

全部と言うところを強調して言うと、大野を見つめる。

「私の手元には何もありません。」

「何も……?」

「一からです。一から書かないと……。」

京子の目がキラリと光る。

やっと宿った目の光。

記者の目。

「我々も期待しています。」

大野の笑顔に、やっと京子の頬が緩む。

「ありがとうございます……思い出させてくれて。

 自分が記者だと言うことを……忘れてました。」

「我々は何も……。

 時に鳥居さん?」

「はい?」

「大星とはどんな話を?」

「……いろんな話を……。他愛もない話ばかりです。」

京子が複雑そうな顔をする。

「例えば?」

京子は考えるように少し上を向く。

「覚えているような内容は……。

 あ、そう、シリウスの話をしました。」

「シリウス?星の?」

聞き返したのは櫻井だ。

大野が嫌そうな顔を櫻井に向ける。

「そうです。見方によって色が変わる、古代の記述では赤い星と書かれていたとか。

 今、肉眼で見るシリウスは白、もしくは青いのにって。」

「色について?他には?」

「他には……連星って言ったか……。二つの星が繋がってると。」

大野と櫻井が顔を見合わせる。

「自分の名前が大星だから気になって調べてたら、どんどん興味が沸いたとも。」

「大星……シリウスの別名だね?」

また櫻井が口を挟む。

京子はコクリとうなずいて、思い出したように大野を見つめる。

「数年前にあったシリウスの事件……あれの話もしてました。」

大野の目が鋭く光る。

「連続事件で殺人鬼だけど……あれにはロマンを感じるって。」

「ふざけるなっ!」

大野がドンと台を叩く音に、京子の体がビクッと揺れる。

「あ、あぁ、失礼しました。あの事件に知り合いが関わっていたものですから……。」

京子が同情するように視線を伏せる。

「気にしないでください。私もそう思いますから。」

京子がクスッと笑う。

「思い出して……記事は書けますか?」

大野の問いに、京子の目に力が入る。

「やってみます。一から調べて……。今
は何もないですが。」

「最後にもう一つ。

 現場に鳥居さんの名刺が落ちていたようですが、心当たりは?」

京子の表情が曇る。

「名刺は……お会いする相手には渡すので……。」

「指紋も、鳥居さんのものしか検出できなかったと。」

「はい……そう聞いています。

 一つも検出できないならわかるけど、私のだけ残っているのは不自然すぎる。

 だから、お前が犯人だろうって……。

 でも、動機がないから……警察も困っているんでしょう、きっと。」

大野は真面目な顔で京子を見つめる。

「きっと……動機は見つからないでしょう。」

「ええ。」

京子は大野の言葉を前向きに受け取り、にっこり微笑む。

大野は少し振り向き、櫻井の顔を確認すると、スッと立ち上がる。

「今日はありがとうございました。また伺うかもしれません。」

京子も立ち上がり、そっと会釈する。

その姿に、来た時とは違ったエネルギーを感じ、大野の頬が少し緩む。

「では。」

大野と櫻井も一礼し、戻って行く京子を見送る。

大野の肩越しに、櫻井が小声で囁く。

「犯人は……シリウス?」

それには答えず部屋を出る大野を、追いかけるように櫻井も出る。

 

 
 
 
このお話、the movieの最後の小春ちゃんの誕生日から半年前のお話です。
ずっと読んでる人はそう思って読んでね~。

大野 殺された未来が、復讐に来る

 

A
念願の、ほかほか湯気が出てる熱々のカレー皿が載ったトレイを持ちながら、きょろりと辺りを見回す。
あ、あそこだ。見慣れた背中を2つみつけて足早に近付いた。

「翔ちゃん、大ちゃん」

おまたせーと翔ちゃんの隣の空いてる席に滑り込む。
意外と早かったねなんて言われながらテーブルを見ると、二人が頼んだ蕎麦からもまだ湯気が立ってるから、良かった間に合ったと安心した。

「相葉ちゃんと食堂で会うなんて何年ぶりだ?」
「いや、大ちゃん、それはちょっと大袈裟すぎだって。春くらいに一緒にカレー食ったじゃん」
「いや、それでもなかなかよ」

相葉くん、レアキャラだからねって翔ちゃんにまで言われてちょっとショック。
こんなに病院にいるのに、レアキャラ扱いされるとは思わなかったよね。
まあ、でも確かにこのカレーもめちゃくちゃ久しぶりだなぁと、スプーンに山盛り掬って口に入れたら、うん、美味い。この味、この味。
この前は食えなかったかんね。念願の味にスプーンが止まらない。
そんな俺を見て、二人もずるずると美味しそうな音を響かせるから、次は絶対蕎麦を食おうと決めた。

「でも、相葉くん、ここのところ調子良さそうだね」
「やっぱわかる?」
「わかるよ、そりゃ。目の下のクマだいぶ薄くなってきてるし、表情もだいぶ明るくなった」
「え、俺、そんな酷い顔してた?」
「そういうわけじゃないけどさ。やっぱり俺らは、ほら、昔から相葉くんのこと知ってるから」

気力も体力も有り余ってる時の顔と比べるとさ。どうしても。
いやあ、そこと比べられても、とは思うけど、でもそうだよね。
若い頃とは体力が違う。同じ生活しててもダメージは違うもんね。
俺もいい歳になったんだから、もうちょっとペース配分考えなきゃだめなんだよね。
長く続けたいなら尚更。
あーあ。大人になったら、もっと余裕のあるかっこいい医者になってる予定だったんだけどなあ。歳をとっても性格はそう簡単には変わらないみたい。

「翔ちゃんのおかげだよ」
「いや、俺は別に何も」
「翔ちゃんが二宮先生のこと紹介してくれなかったら俺、まじで倒れてたかもしんないし」
「そんな楽?」
「うん、全然違う」

体力的にもそうだけど、気分的にもね。
あそこに行ったら休めると思うと、ちょっと気が楽になるんだよね。
そう言ったら、翔ちゃんが、やっぱにのはすげえなあって。

「あんなに相葉くん、行くの渋ってたのにね」
「いや、そりゃいきなり心療内科行けって言われたら誰だってさぁ」
「でも全然そんな感じじゃないんでしょ?」

俺は行ったことないからわかんないけど、大野さんが言ってた。
そう言って大ちゃんの方を見たら、今まで黙ってふにゃふにゃ笑って聞いてた大ちゃんが口を開いた。
 

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